田舎の宇宙  里山と鎮守の森

高齢化と過疎化が進んでいる田舎では、都会の若い人に向けて田舎暮らしを奨励しているそうだ。しかし自然豊かでのんびりした生活に憧れた都会の若者たちが移住しても、その5人に1人はまた都会に舞い戻るそうである。いかにも自然がいっぱいの里山の景観は、実は人の手の入った人工の景観なのである。つまり村人たちが先祖代々共同で手入れした生活空間が里山と言えるのだ。稲作のための棚田は一年中、手入れが欠かせない。氏神を祀る鎮守の森は、村人共有の大切な場所である。村人は村の中での役を担っている。祭の準備、稲刈りなど農作業の手伝い、屋根の吹葺き替えや水路の補修などの共同作業。それは、子どもの頃から鎮守の森などで一緒に遊び、育ってきた仲間意識を前提としている。長老から子どもまで、村全体が家族なのである。田や畑が生産の場であるなら、鎮守の森の神社は祈りの場、山や川、道路や水路、集会場、店や駅までが村の宇宙の一部なのである。したがって隣村との境には今でも赤いエプロンが掛けられた地蔵や馬頭観音、道祖神などが祀られている。これに馴染めないない若者たちは、移住して来ても街へ帰えるしかないのである。伝統的な村社会は、日常の隅々まで人の手が入った濃密な一個の宇宙であった。だからこそ河童や座敷童などの数々の物語も生まれていた。しかし現代では、その村々は過疎化でかつての手の込んだ濃密な宇宙が維持できなくなっている。