脳内無意識に遍在する神々

現代科学によれば、エネルギー=物質である。さらに物質世界をリアルな次元とすれば、虚構世界すなわちバーチャルなリアル、すなわち情報世界もヒトにとってリアルな次元である。まだまだ一般的には、これに違和感を持つ人々も多い。物質宇宙の次元に情報宇宙の次元を加えた宇宙がヒトの住む宇宙である。したがって物質=情報とすれば物理学は、情報物理学として物質世界と精神世界をつないで宇宙や身体の謎を情報視点から解明できるかもしれない。

仮に身体を情報システムとしてみれば、ガンなど組織の突然変異はシステムのバグであり、免疫は、修復システムという訳だ。さらに自己保存と進化へ向かうようプログラムされた身体システムは、五感を含む外部センサから外部情報を脳内(無意識領域)に取込み、無意識領域で全ての情報処理を終えるよう設計されている。「意識」は、無意識のごく一部のサブシステムとして付け加えられている。外界からやってくる情報には、通常の認知に関わる情報以外に、即時に処理不可能な特異情報が含まれている。これも無意識は受信して保存しているのだ。この外界の情報には、微妙な季節の変化を感じるような時空の手触り、匂いとでもいうような微細なニアンスが含まれる。これが、場面によって意識に送られ感動や失意などの情感のクオリアとなるのではないだろうか。いわば、それら特異情報が人生の情感に一役かっているのだ。これらの特異情報には、カミの現象も含まれるはずだ。

もともと絵画や音楽などヒトの芸術活動は、宗教と共に生まれている。それ故か、現代でも多くのヒトは、美術館に行って芸術作品に拝礼しているかのようだ。神社に詣るように。確かによくできた作品には霊性がある。優れた画家や音楽家には、計り知れない色や形、音への感受性が備わっている。微妙な色の変化をも感知しているのだ。これは作家が無意識のうちに、無意識領域に組み込まれた特異情報を自在に引き出して活用しているからではないだろうか。日常生活においても、センスのいい人、目利きと言われる人たちがいる。彼らは本物を数多く見るなど体験や訓練を通して美に対する感受性を磨いているのだ。彼らは無意識内に特異情報を蓄えるとともに、それを使う術を知っているのだ。

ヒトが絶体絶命の危機に瀕した時、死に至る病気、肉親の死、大きな災害などに瀕した時には、脳内無意識が最大限の出番を迎えると思われる。無意識の潜在情報の一部が意識に侵入して変性意識として大いに働くのだ。脳内無意識に遍在する神々の特異情報が緊急出動して動揺を抑え、克服する道を指し示すのだ。意識にとって無意識はあちらの領域と捉えられている。変性意識とはそんなあちらがこちらに交わっている心のことである。生と死、里と山、陸と海などこちらとあちらは、意識と無意識に対応している。無意識の有象無象の特異情報は、祭りの時空や盆踊りの渦巻きの中にも生きている。